●ご出演される永峰高志(元N響第2ヴァイオリン首席奏者) にインタビューを行いました。
永峰高志_インタビュー・フルバージョン.pdf (661KB)
―― 今回の曲は、弦楽四重奏のダイナミックさ、美しさ、そして4人の奏者のやりとりの面白さが存分に味わえるプログラムかと思います。
どのような考えで選曲されましたか?
プログラムを組むときは最初にメインの曲を考えるのですが、今回はよく知られている曲を解説つきで演奏しようと思って、
ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」を選びました。チェコの作曲家ドヴォルザークの音楽は民族色豊か。
また、ドヴォルザークは鉄道マニアで、鉄道のリズムも登場するんですよ。そんなことを、実際に音を出しながら15分くらいかけて解説します。
解説のあとに演奏を聴くと「あ、そんなふうに言っていたな」とか「あ、このメロディはそうだったんだね」ときっと思っていただけるはず。
解説をお聞きいただくことで、曲のことが分かって、より親しみを感じていただけると思います。
――プログラムの1曲目はモーツァルトですね。
モーツァルトが16歳のときにミラノで書いた曲です。大天才の少年時代の音楽を聞いていただきたくて1曲目にしました。
あまり演奏されない曲ですが、僕はこの曲が好きで、20代の頃からずっと弾いています。第2楽章は短調なのですが、
人生を知り尽くしたような音楽で、とても16歳とは思えません。本当に早熟なんですね。
モーツァルトの天才ぶりがよく表れているなあと思いながら弾いています。若いモーツァルトがのびのびと書いた曲なので、
みなさんに親しんでいただけたらと思っています。
そのほかの曲はメロディが有名な曲を選びました。チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」は弦楽四重奏曲第1番の
第2楽章ですが、この美しいメロディ、実はウクライナ民謡なんですよね。
つまりメロディは元々あったもので、それをチャイコフスキーがオーケストレーション、楽器の振り分けをしているのです。
そのアレンジが素晴らしい。伴奏が本当に美しくて天才的です。しかも弱音器をつけて演奏するのが特徴的なので、
独特の優しい響きも楽しんでください。
クライスラーの「愛の悲しみ」「愛の喜び」は本来はヴァイオリン小品の曲ですが、弦楽四重奏用に編曲した版で演奏します。
ボロディンの弦楽四重奏曲第2番の第3楽章「ノクターン」もメロディが美しい曲なので、楽しくお聴きいただけると思います。
――N響のみなさんはこれらの作曲家の交響曲を普段演奏なさっていますが、交響曲と弦楽四重奏曲とで作曲家の筆の違いはあるのでしょうか?
あると思いますよ。交響曲は「私の作品はこうです」と世の中に示すためのカタログみたいなもの。
でも、弦楽四重奏は作曲家が自分自身のために書いた音楽だと僕は思っています。今回は演奏しませんがベートーヴェンは特に力を入れたジャンルですね。弦楽四重奏曲は作曲家の本質が最も込められた作品だと思います。オーケストラと違い、弦楽器だけという1種類の色で
あらゆる色彩感を表現するのですから、作曲家はすごいですよね。
―― ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」は、交響曲第9番「新世界より」と同時期にアメリカで作曲されましたが、
「新世界より」に負けないほど多彩な響きがしますね。
そうですね。そして「アメリカ」でドヴォルザークはネイティブアメリカンの音楽のリズムを使ったと言われていますが、
僕は以前に南米音楽を弾いたとき、ドヴォルザークのリズムや節が南米の音楽と同じだと感じました。
「アメリカ」のリズムは、サンバのリズムなのではないかと。
―― サンバですか! それは驚きです。
もちろんそんなことは教科書にも載っていないし、検証したわけでもないですが、そう感じたのですよ。
ドヴォルザークは弦楽四重奏曲で冒険したのかもしれませんね。そんなことも解説でお話しできたらと思っています。
―― みなさんはN響で演奏するオーケストラ・プレイヤーでいらっしゃいますが、オーケストラで弾くときと弦楽四重奏で弾くときとで心構えは違いますか?
いや、大きく言えば同じですね。100人で演奏するオーケストラも、弦楽四重奏と同じようにアンサンブルをやるのですから。
そしてN響のメンバーは室内楽が好きで、普段オーケストラで弾きながらも、それぞれで弦楽四重奏をやっているんですよ。
それがN響の強みです。弦楽四重奏のやり方をよくわかっているから、アンサンブルを本当に大事にしているから、
オーケストラでも素晴らしいアンサンブルになるんですよ。
―― 弦楽四重奏は4人という少数精鋭のアンサンブルです。4人はそれぞれどんな役割をしているのでしょう。
このことも当日の解説の中で分かりやすくお話しようと思っています。4人の役割は全然違うのですよ。
家に例えると、チェロは土台、ヴィオラと第2ヴァイオリンは柱や梁、第1ヴァイオリンは壁紙やインテリアといった外から見える部分を担います。
こうやって4人がそれぞれの役目を果たすことで、家として成り立つ、つまり作品としてお聴きいただけるのです。
演奏をご覧いただくと、4人それぞれの役割がきっとお分かりいただけると思います。やはり第1ヴァイオリンが弾く"外の部分"、
メロディがよく聴こえてきますが、マニアの方は内声(ヴィオラと第2ヴァイオリン)が弾く"刻み"とか和音という"支え"を聴いて楽しでくださっています。
そんな役割を担った4人でやりとりしながら演奏しますが、音楽は進んでいますので、常に先を読んで瞬時のやりとりをします。
サッカーでいったらアイコンタクトでパスを出すみたいな感じです。
――ヴァイオリンは2本あっても、それぞれ役割が違うのですね。
バレーボールに例えるなら、トスを上げるのが第2ヴァイオリンで、スパイクを打つのが第1ヴァイオリン。
跳び箱ならば、跳ぶ人は第1ヴァイオリンで、踏切板を出すのが第2ヴァイオリンです。
いいタイミングで踏切板を出してくれればうまく跳べるけれども、変なタイミングだと跳び箱にぶつかってしまう。
だから第2ヴァイオリンはすごく難しいんですよ。
――オーケストラでは味わえない、弦楽四重奏ならではの楽しさはありますか?
オーケストラには指揮者がいますが、弦楽四重奏にはいないので、自分たちで音楽を作らなければなりません。
それが難しくもあり、楽しいですね。第1ヴァイオリンが音楽的に引っ張ってはいますが、
それぞれがどんな音楽にしたいか探り、自発的に演奏するのが弦楽四重奏です。
でも、探るのは「今」ではなく、「次に」何をやりたいかを探る。要するに、さきほどお話した跳び箱の踏切板ですよね。
予測して出す。それがやっぱり面白いですね。
音楽作りのために「弦楽四重奏団はいつも相談している」とよく言われていますが、相談の仕方は言葉ではなく、
音で8割は完了します。つまり、何もしゃべらなくても、あの人はどんなふうに表現したいのか、演奏しながらお互い分かるんですよ。
ちょっとした動きでも、お互いが分かって、音色も瞬時に変わるんです。
――しゃべらなくて分かる4人......となるとメンバー選びが重要かと思うのですが、弦楽四重奏はどんな人と組むのがいいのでしょうか?
音が「寄ってくる」人がいいですね。「寄る」とは引力のようなかんじなのですが、一緒に弾いても音が「寄る」人と「寄らない」人がいるんですよ。
完璧に弾いている人でも「寄らない」人は「寄らない」んです。でもN響のメンバーはみなさん「寄る」ので、どの人と組んでも大丈夫です。
――音が「寄って」以心伝心の演奏をする今回のメンバーをご紹介ください。
第2ヴァイオリンの船木さんは潔い演奏をする方。これは第2ヴァイオリン奏者として大事なことで、
つまり潔くトスを上げてくれるので、とてもありがたいです。ヴィオラの飛澤さんは美音の持ち主。
アンサンブル全体をよく見ていらっしゃるのは、さすがヴィオラ奏者です。チェロの村井さんは若い頃からメロディをよく歌う方でしたが、
今は土台の安定感も増し、そのおかげでアンサンブルがより充実の響きになっています。
――この4人のアンサンブルの特徴は何でしょう。
先ほどもお話したように、音が「寄る」、つまり音が集まっていい音がするメンバーだと思います。
そしてN響のメンバーなので、やはりN響と似た音がしますね。今ヨーロッパのオーケストラはグローバル化してしまい、
国ごとのサウンドがなくなってしまいました。
同じく指揮者も、今はどんな曲もオールマイティに振るので、個性がなくなってしまった。けれどもN響では、
各国の巨匠指揮者が教えてくれた、その国ならではのサウンドが、現在も大切に受け継がれています。
例えば、ドヴォルザークの音楽はノイマンやコシュラーが指揮しにきて、本物のチェコ音楽を教えていってくれました。
同じようにチャイコフスキーの音楽についてはスヴェトラーノフ、モーツァルトの音楽はサヴァリッシュやスウィトナー、ワーグナーならシュタイン、
フランス音楽ならばデュトワが教えていくわけです。このとき指揮者が作り上げたドイツ、オーストリア、フランス、ロシア、チェコの本物のサウンドが、
今もN響で息づいているのです。これはワインの話に例えられるのですが、約100年前、ヨーロッパのブドウは害虫のために絶滅してしまい、
現在はすべて接ぎ木されています。でも、絶滅前に苗木がチリへ輸出されたので、チリでは現在も原種のブドウからワインが作られていて、
だからチリ・ワインが美味しいのです。オーケストラもそれと同じかと。
今やヨーロッパのオーケストラよりもN響の方が各国のサウンドの伝統を受け継ぎ、再現しているのではないかと思っています。
僕たち日本人が西洋の音楽をやる意味を考えるのですが、これこそがそうではないかと思っています。
――今回の皆さんの演奏から、その国ならではのサウンドが聴けるのですね。
名指揮者たちが作り上げた音が、今も耳の中、頭の中に残っているんですよ。音楽家にとってものすごい財産です。
N響メンバーのサウンドは、より本家に近いんじゃないでしょうか。これはオーケストラのメンバーで弦楽四重奏を組む強みかもしれませんね。
――ちなみに、リハーサルと本番とで演奏が変わったりしますか?
もちろん! だから面白いんです。別にわざわざ変える必要はないですが、本番では「もうちょっと踏み込んでみようか」というときがあったり、
その逆で「ちょっと危ないからやめておこう」というときもあったりします。踏み込もうというとき「行くぞ!」と合図を出すと、
みんなが「OK!」という感じで応える、それがたまりませんね。
――永峰さんの楽器は、国立音楽大学から貸与されているストラディヴァリウスだそうですね。
1723年製で、ブラームスの友人だった名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムが使っていたので「ヨアヒム」という愛称がついています。
あらゆる音色を出してくれる楽器で、そして音のスピードがとても速い。演奏会では、ぜひストラディヴァリウスの音色も味わってください。
――11月の演奏会では、4人の音での会話、アイコンタクトでのやりとりなど、耳と目で弦楽四重奏をじっくり楽しみたいと思います。
オーケストラでも室内楽でも、音楽家とお客様とが同じ船に乗って、音楽でいろいろなところへ航海したいという思いで演奏しています。
私たち4人と一緒に音楽の旅をして、さまざまな音楽の景色を見ましょう!
(取材・執筆:音楽ライター 榊原律子)